事業承継の前にやっておくべきこと
もくじ
事業承継すべき会社とは
事業承継は重要な経営課題です。しかし、どんな会社でも承継すべきということではありません。
たとえば、以下の点に複数該当するような会社はどうでしょうか?
- 赤字が継続し、資金繰りにも苦労している。
- 赤字をなんとか回避しようと、役員報酬は低く、従業員の昇給も賞与支給もできていないどころか、減給(残業手当や各種手当のカット)になっている。
- 人員削減やその他の固定費をギリギリまで削減しても、なお累積赤字や資金繰り問題が解消するほどの利益が出ない。
- 資金不足を定期預金や保険の解約や銀行借入れによって補塡、さらには社長個人の資産を会社につぎ込んで穴埋めを繰り返している。
- 従業員数が減り、一人ひとりが忙しく経営者も従業員も疲れ切っている。
- 既存事業の見通しが厳しく、今後さらに受注競争(価格競争)が激化する見通し。
- 今後継続していくにも、老朽化した設備の修理代や建物の改修費用が必要となる。
会社は継続が大事といっても、このような状態の会社を無理に承継させると、後継者を不幸にします。
「そんなことはわかっている」と思われるでしょうが、たとえば地元の名士と言われるような経営者はその責任やメンツから、承継すべきでないという事実を正視できないこともあります。
「健全性評価」と「磨き上げ」を行う
まず、承継すべき会社は「健全」でなくてはなりません。
ただし、現在は「不健全」でも「磨き上げ」を通じて「健全化」できる会社もたくさんあります。
健全化に向けての「磨き上げ」が、親族や従業員が「ぜひ継ぎたい」と手を挙げ、後継者不在を解消する有効な手段となるわけです。
事業承継は、「残すべき企業であるかどうか」を判断することから始まります。
今「不健全」であったとしても、それをもってただちに「承継すべき会社ではない」ということではなく、子や従業員から「継ぎたい」と手が挙がるような会社に磨き上げていけばよいだけです。
後継者問題の本質は、「継ぎたいと思える会社をつくれるかどうか」なのです。
「健全性」を判断する
では、承継すべき会社かどうかの判断は、どのように行えばいいのでしょうか。まずは大局的に財務が健全かどうかの判断をします。
「P/L(損益計算書)の営業赤字」と「B/S(貸借対照表)の債務超過」がないかを見ればよいのです。
「P/L 営業黒字」と「B/S 資産超過」であれば、ひとまず「健全性あり」と言えます。
債務超過であっても営業利益をあげている会社であれば、利益の積み上げによって3年以内に債務超過を解消できるようであれば「健全」と見てもよいでしょう。
債務超過の解消(B/Sの磨き上げ)は、増資や債務の株式化(DES:デッド・エクイティ・スワップ)などによっても可能です。
債務の株式化とは、経営不振・債務超過などで苦境に立つ企業に対し、債務の交換で株式を発行することによって企業の再生を図る手法です。
その仕組みは、債務者(企業)は借入金を返済する代わりに、債権者(銀行など金融機関)に株式を発行します。債権者は企業の経営権を握ることができ、債権者が株主になることで企業の財務体質が改善されるのです。
より詳細に健全性の判断をするならば、次のように、「数値分析」と「非数値情報分析」を組み合わせて判断します。
数値分析(経営分析)
数値分析は、貸借対照表と損益計算書およびキャッシュフロー計算書から「営業キャッシュフロー」「収益性」「安全性」「成長性」「生産性」「効率性」などを評価します。それぞれの指標の数値をクリアしている場合は「健全」と言えます(上の表参照)。同業他社と比較することも有効です。
ほかに、誰でも無料で活用できる中小企業基盤整備機構の「経営自己診断システム」や経済産業省の「ローカルベンチマーク」で同業種との比較も含めて簡単に診断できますので、インターネットで検索してみてください。
非数値情報分析(知的資産分析)
数値分析(財務状況)は決算書を見れば一目瞭然ですが、多くの中小企業には決算書に表れない強みがあります。
事業承継は財務状況だけでなく会社全体のノウハウ、人材、資産をすべて承継することになります。
そのため、健全性評価はバランスシート上に記載されている資産以外の企業の競争力の源泉である「人材」「企画力」「技術力」「ノウハウ」「生産能力」「知的財産(特許・ブランドなど)」「組織力」「経営理念」「顧客とのネットワーク」などの有無、またそれが承継できるものかどうかも評価しなければなりません。
健全性の評価は、他社が真似できない核となる能力(コアコンピタンス)や競争力があるか、それが承継できるものかどうかで評価することが肝心なのです。
とくにカリスマやワンマンと呼ばれる経営者の会社は、その経営者に帰属する強みも多いでしょう。また、強みがベテラン(高齢)職人に帰属していることもあります。
たとえば、コアコンピタンスが技術力にあり、経営者やベテラン職人の個人的な能力である場合、その承継は簡単にはいきません。後継者の教育や育成によって技術移管する方法、あるいはその技術を会社全体で共有できるような仕組みづくりが必要になります。
企業の競争力の源泉である「人材」「企画力」「技術力」「ノウハウ」「生産能力」「知的財産(特許・ブランドなど)」「組織力」「経営理念」「顧客とのネットワーク」といった決算書に表れない強みを「知的資産」と呼び、大きく3つに分けられます。次のとおりです。
- 人的資産……人(従業員)それぞれがもっている能力や経験、知識、ノウハウなどの暗黙知。その人が退職などの理由で企業からいなくなることにより、企業が失う資産です。
- 構造資産……企業で使っているシステムやデータベース、組織の柔軟性などの資産で、暗黙知をもつ従業員がいなくなっても企業に残ります。
- 関係資産……企業のイメージや顧客ロイヤルティ、仕入れ先や販売先の企業との関係など、企業と外部との関わりに関連するすべての資産をいいます。
磨き上げを行う
財務を磨き上げる
不健全な事業や会社を承継可能な会社とする「磨き上げ」は、後継者に事業を円滑に承継するための重要なプロセスです。
M&Aにおいても具体的なプロセスに入る前に「磨き上げ」を行います。
磨き上げは売り手企業にとっては自社の魅力を正しく表現し、よりよい条件での売却を可能にするなど、M&Aの成否を大きく左右する大切な作業であるからです。
後継者に承継可能な会社にするための磨き上げには最低半年から1年間ほどを要します。
なかでも、財務面の磨き上げは大切です。営業赤字や債務超過の会社は誰も承継したがりません。
次のポイントで、貸借対照表と損益計算書を磨き上げます。
① 貸借対照表(B/S)の磨き上げ
貸借対照表(バランスシート)の磨き上げには、大きく分けて「資産の処分」「財務バランスの改善」「資本の充実」があります。
② 損益計算書(P/L)の磨き上げ
貸借対照表(B/S)に比べて損益計算書(P/L)の磨き上げは難しいと言われています。P/Lの磨き上げのポイントは、節税のために本来必要のない支出(無駄な経費)があればそれをなくし、固定費を削減すること(=不採算部門・不採算商品サービスの廃止)です。
固定費の代表格は人件費や賃料ですが、その削減は「事業の見直し」を意味します。
■貸借対照表を磨き上げる
資産を処分する |
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財務バランスを改善する (資産の改善と負債の圧縮) | 流動資産の改善
負債の圧縮(有利子負債は極力整理)
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資本を充実させる |
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得意先の「磨き上げ」を行う
得意先ごとに原価管理や損益管理ができていない会社は少なくありません。
日々同じように事業活動していると、じつは「あまり儲からないところに、時間と人員を割いていた」ということもよくあります。
限られた人員と時間をより効率的に収益につなげていく(生産性を高めていく)ためには得意先の分析が大切です。
そこで、売上や粗利益の貢献度が高い顧客や商品を明確にする(利益の稼ぎ頭を明確にする)手法として「ABC分析」を活用します。
たとえば、得意先ごとに売上高分析(売上高ABC分析)で次のように分類します。
- ランクA 累積構成比0〜80%未満
- ランクB 累積構成比80〜90%未満
- ランクC 累積構成比90〜100%
会社全体の売上高に対する割合が10%以下(Cランク)の得意先は見直しの対象とするのです。
「売上高ABC分析」では、自社の売上高にどの得意先が貢献しているか、得意先別の売上構成比を計算してABCのランクに分類します。
売上の多い取引先から順に売上高を足していって、売上高全体の上位80%を占める取引先がAランク、その下の80〜90%の部分に貢献している取引先がBランク、90〜100%に位置する取引先がCランクです。
一般には、売上高のABC分析をすることが多いのですが、粗利益で分類すると、その結果が変わることも多々あります。
粗利益でABC分析をすると、売上高ABC分析では「H社」はCランクでしたが粗利益でみるとAランクになります。
売上高より粗利を重視すべきです。いくら売上高があっても利益がなければ会社経営は成り立ちません。
2つの商品があり、商品Aが売上高1000万円・粗利200万円、商品Bが売上高500万円・粗利300万円であれば、商品Bが売上高は低くとも会社にもたらす利益が大きいことは明白です。
得意先分析は売上高より粗利を重視する
「経営力向上計画」を活用する
事業の磨き上げでは「経営力向上計画」を活用するのも有効です。
「経営力向上計画」とは公的な事業計画書の一つで、人材育成、コスト管理などのマネジメントの向上や設備投資など、自社の経営力を向上させるために取り組む内容を記載した事業計画です。
ネットで「経営力向上計画」(中小企業庁)を検索すると、詳しく制度が紹介されています。
計画書の内容は、①企業の概要、②現状認識、③経営力向上の目標および経営力の向上の程度を示す指標、④経営力向上の内容、⑤事業承継等の時期および内容(事業承継等を行う場合に限る)などで、何をどのように磨き上げていけばよいかを整理できます。
経営力向上計画が事業所の所管大臣に申請して認定されると、「中小企業経営強化税制(即時償却など)」「各種金融支援」を受けることができます。
作成に当たっては、認定経営革新等支援機関のサポートを受けることも可能です。
経営力向上計画の策定でとくに優れている点がその策定プロセスです。
国が今の環境下で経営力を向上させるうえでの「基本方針」と「事業分野別指針」を定めています。
その方針や指針を踏まえて、経営力向上の内容を検討することができます。
「事業分野別指針」「基本方針」は中小企業庁のホームページからダウンロードできます。
「知的資産経営報告書」を活用する
円滑な事業承継に向けた磨き上げは、財務だけでなく、社員の技術力や取引先との関係性など長年にわたって築き上げてきた目に見えない「知的資産」も対象となります。
こうした知的資産があるからこそ、これまで事業を継続できてきたわけですから、この点をしっかり後継者に伝えることが重要です。
知的資産(競争力)の磨き上げには「知的資産経営報告書」を活用するのが有効です。
「知的資産経営報告書」の作成マニュアルや作成用フォーマットは、「中小機構(中小企業基盤整備機構)」のホームページの「支援機関向けガイドブック・マニュアル」からダウンロードできます(「中小機構」は国の中小企業政策の中核的な実施機関です)。
知的資産経営報告書を作成することによって、自社が保有している知的資産すべてを把握することができるため、事業承継を行ううえで非常に役に立ちます。
現経営者と後継者が一緒に知的資産経営報告書を作成することで、自社事業の評価を改めたり評価できる強みや特徴を見つけたりと、さまざまなメリットがあります。